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奈良地方裁判所 平成10年(行ウ)3号 判決 1999年8月04日

原告

吉井英一郎

原告

吉井昌子

右原告ら訴訟代理人弁護士

峯田勝次

石川量堂

被告

葛城税務署長 安田紘一

右指定代理人

森木田邦裕

長田義博

岸本卓夫

小谷宏行

谷川利明

臼本進治

今辻義嗣

主文

一  原告吉井英一郎の訴えのうち、同原告の申告額(納付すべき税額三八五二万円)を超えない部分の取消しを求める部分を却下する。

二  原告吉井昌子の訴えのうち、平成九年一月一六日付の再更正処分による納付すべき税額四七九万一二〇〇円を超える部分の取消しを求める部分を却下する。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告吉井英一郎の平成三年一月一三日の相続開始に係る相続税について、平成六年一月二〇日になした増額再更正処分を取り消す。

2  被告が、原告吉井昌子の平成三年一月一三日の相続開始に係る相続税について、平成五年七月九日になした更正処分を取り消す。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文一項同旨

2  原告吉井昌子の訴えのうち、同原告の申告額(納付すべき税額二五九万〇三〇〇円)を超えない部分並びに同原告に対して平成五年一二月二七日付けでされた異議決定(同一一一九万〇八〇〇円)により取り消された部分及び同原告に対して平成九年一月一六日付けでされた再更正処分(同四七九万一二〇〇円)により取り消された部分の取消しを求める請求に係る部分を却下する。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告吉井英一郎(以下「原告英一郎」という)及び原告吉井昌子(以下「原告昌子」という)は平成三年一月一三日死亡した故吉井久里榮の相続人であり、その相続人関係図は別紙のとおりである。

2  原告らが故吉井久里榮の相続(以下「本件相続」という)により取得した遺産のうち、別紙物件目録一記載のマンション「コスモ城東中央」のうち、同目録二記載の住戸八戸(以下「本件建物」という)、その敷地権の目的である宅地(以下「本件宅地」という)及びその附属設備(以下「本件建物附属設備」という。これらを併せて、以下「本件マンション」という)は、故吉井久里榮が平成元年五月三〇日に原告昌子とともに株式会社リクルートコスモス大阪支社から代金一二億三〇〇〇万円(消費税相当額を除く)で買い受けたものであり、本件相続開始(平成三年一月一三日)前三年以内に取得した財産である(乙二、三の1ないし8)。

3  本件マンションの相続税の課税価格の計算に関わる法令の改正等の経緯は、以下のとおりである。

(一) 相続財産の価額は、財産の取得時における時価によるとされているが(時価主義の原則。相続税法二二条)、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、その取引価格も一義的に確定されるものではないことから、右時価については、相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六・直審(資)一七国税庁長官通達。なお、平成三年一二月一八日付課評二-四・課資一-六により改正されたが、右改正前後を通じたものを、以下「評価基本通達」という)及び各国税局長が評価基本通達に基づき定めた財産評価基準により各財産の評価方法を具体的に定め、内部的な取扱いを統一するとともに、これを公開して納税者の申告・納税の便に供し、もって申告及び課税事務の公平、迅速で円滑な運用に資することとしている。そして、評価基本通達においては、土地の評価のうち宅地について、原則として、市街地的形態を形成する地域にある宅地は路線価方式(その宅地に面する路線に付された路線価を基準とする方式)により、その他の宅地は倍率方式(土地の固定資産評価額に地域ごとに定められた一定の倍率を乗じる方式)によるとされている(以上は、当裁判所に顕著な事実である)。

(二) しかしながら、昭和六〇年代から短期間のうちに全国的に地価が急騰し、地価上昇の著しい特定地域においては、実勢価格と路線価等による評価額の間に相当の開差が生ずるようになり、この現象に着目して、相続開始直前に借入金等により右乖離の著しい不動産を取得することで相続税の課税価格を圧縮し、将来の相続税負担を回避する事例が見受けられるようになった。そこで、このような相続税負担回避行為に対処して税負担の公平を図るとともに、右回避行為に伴い生じる土地の仮需要を抑制するため、昭和六三年一二月に税制改正(昭和六三年法律第一〇九号所得税法等の一部を改正する法律)によって、以下のとおり、租税特別措置法六九条の四(以下「本件特例」という)及び同法施行令四〇条の二第三項が新設され、相続開始前三年以内に取得した不動産については、原則としてその取得価格を課税価格とするとされた(乙八ないし一一)。

<1> 租税特別措置法(ただし、平成八年法律第一七号租税特別措置法の一部を改正する法律〔平成八年四月一日から施行〕による廃止前のもの)

六九条の四第一項

個人が相続若しくは遺贈により取得した財産又は個人が贈与(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を除く。・・以下略)により取得した財産で相続税法第一九条の規定の適用を受けるもののうちに、当該相続又は同条の相続の開始前三年以内にこれらの相続又は遺贈に係る被相続人が取得又は新築(以下この条において「取得等」という。)をした土地等又は建物等(略)がある場合には、当該個人が取得等をした当該土地等又は建物等については、同法第十一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額又は同法第十九条の規定により当該相続税の課税価格に加算される贈与により取得した財産の価額は、同法第二十二条の規定にかかわらず、当該土地等又は建物等に係る取得価額として政令で定めるものの金額とする。

<2> 租税特別措置法施行令四〇条の二第三項

法第六十九条の四第一項に規定する政令で定める取得価額の金額は、土地等にあっては当該土地等の取得に要した金額及び改良費の額の合計額(略)とし、建物等にあっては当該建物等の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額(略)から当該建物等の取得の日から当該相続の開始の日までの期間に係る所得税法施行令第百二十条第一項第一号イに規定する定額法に準じて大蔵省令で定めるところにより計算した金額を控除した金額とする。

(三) その後、バブル経済が崩壊し、地価抑制策が奏功したこともあって、平成二年を頂点として地価の異常な高騰は終息し、平成三年以降地価は下落に転じ、その後も総じて横這い又は下落しつつある。このような地価の状況に伴い、相続開始直前に土地等を取得して相続税の負担軽減を図ろうとする行為は見受けられなくなり、本件特例の適用を受ける件数も大幅に減少したことから、本件特例の存在意義は失われつつあるとして、平成八年法律第一七号租税特例措置法の一部を改正する法律により、本件特例は廃止されるとともに、以下のとおり租税特別措置法附則一九条(以下「経過措置」という)が設置され、平成七年一二月三一日以前に開始した相続に係る相続税については原則として従来の課税関係が維持され、平成八年一月一日から同年三月三一日までの間に開始した相続に係る相続税については、納税者の選択により、本件特例を受けないことができるとされた(乙一二、一三)。

<1> 租税特別措置法附則一九条一項

平成八年一月一日前に相続若しくは遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。・・略)により取得した旧法第六十九条の四第一項に規定する土地等若しくは建物等又は贈与(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を除く。・・略)により取得した当該土地等若しくは建物等のうち相続税法(略)第十九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が同日前に開始したものに係る相続税については、第三項及び第四項に定めるところによるものを除くほか、なお従前の例による。

<2> 同条二項

平成八年一月一日から施行日の前日までの間に相続若しくは遺贈により取得した旧法第六十九条の四第一項に規定する土地等若しくは建物等又は贈与により取得した当該土地等若しくは建物等のうち相続税法第十九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が当該期間内に開始したものに係る相続税については、旧法第六十九条の四の規定は、当該相続若しくは遺贈又は贈与により当該土地等又は建物等を取得した者が政令で定めるところにより同条の規定の適用を選択した場合を除き、適用しない。

<3> 同条三項

個人が、平成三年一月一日から平成七年十二月三十一日までの間に相続若しくは遺贈により取得した旧法第六十九条の四第一項に規定する土地等又は贈与により取得した当該土地等のうち相続税法第十九条の規定の適用を受けるものでその適用に係る相続が当該期間内に開始したものを有する場合における同法の規定による当該個人に係る相続税額(略)は、当該個人が次の各号に掲げる者の区分のいずれに該当するかに応じ当該各号に定める金額と、当該土地等について旧法第六十九条の四第一項の規定の適用がなく、かつ、同項に規定する建物等について同項の規定の適用があるものとした場合における当該個人に係る相続税法第十五条第一項に規定する相続税の課税価格に相当する金額に百分の七十の割合を乗じて算出した金額とのいずれか少ない金額とする。

一 旧法第七十条の六第二項の規定の適用がある者 当該個人が同項各号に掲げる者の区分に応じ、当該個人に係る当該土地等及び当該建物等について旧法第六十九条の四第一項の規定の適用があるものとして当該各号に定めるところにより算出した金額(略)

二  前号に掲げる者以外の者 当該個人に係る当該土地等及び当該建物等について旧法第六十九条の四第一項の規定の適用があるものとして相続税法第十五条から第十七条までに定めるところにより算出した金額(略)

4 原告らの本件相続に係る相続税の申告、更正・再更正処分及び異議決定における一部取得等の経緯は、次のとおりであり、その際の課税価格、納付すべき税額及び過少申告加算税の詳細は、別表1(課税の経緯)記載のとおりである。

(一)  原告らは、平成三年七月一〇日、被告に対し、本件相続に係る相続税の申告をした。

(二)  被告は、平成五年七月九日、原告らに対し、本件相続に係る相続税について更正処分(このうち原告昌子に対する処分を「本件更正処分」という)を行い、その旨通知した。

(三)  原告らは、平成五年九月八日、被告に対し、右更正処分について異議申立をしたところ、被告は、同年一二月二七日、原告英一郎については棄却し、原告昌子については原処分の一部を取り消す旨の異議決定をした。

(四)  被告は、右異議決定の後である平成六年一月二〇日、原告英一郎に対し、本件相続に係る相続税について増額する旨の再更正処分(以下「本件再更正処分」という)を行い、その旨通知した。

(五)  原告らは、右更正・再更正処分及び平成五年七月九日付過少申告加算税の賦課決定処分を不服として、平成六年二月一五日、国税不服審判所長に対し、審査請求をした(甲五)。

(六)  被告は、右審査請求中である平成九年一月一六日、原告昌子に対し、本件相続に係る相続税について減額する旨の再更正処分を行い、その旨通知した。

(七)  国税不服審判所長は、平成九年一一月二七日、原告らの審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、同年一二月二日、原告らに通知した。

二  争点

本件は、原告英一郎に対する本件再更正処分及び原告昌子に対する本件更正処分について、原告らが本件相続によって取得した遺産のうち本件相続開始前三年以内に取得した本件マンションについて、被告が、本件特例に従って相続税の課税価格に算入すべき価額を算出し、本件再更正処分、本件更正処分を行い、更に原告昌子に対しては経過措置に従い減額再更正処分を行ったのに対し、原告らは、本件マンション以外の相続財産の評価については争わず、本件各処分の違法事由として、平成三年以降本件特例は違憲無効であり、かつ、本件マンションについて本件特例を適用することも違憲無効であるから、これを相続税法二二条のとおり相続時の時価によって評価すべきであると主張して、右各処分の取消を求めている事案である。

なお、被告は、本案前の答弁として、原告英一郎の訴えのうち本件相続税に係る申告額を超えない部分について、原告昌子の訴えのうち本件相続税に係る申告額を超えない部分並びに平成五年一二月二七日付異議決定によって取り消された部分及び平成九年一月一六日付再更正処分によって取り消された部分について、いずれも訴えの利益がなく不適法であると主張している。

したがって、本件の唯一の実質的な争点は、本件マンションの課税価格の算入において本件特例を適用することの可否である。

1  原告らの主張

(一) 憲法八四条の定める租税法律主義の趣旨は、租税が国又は地方公共団体の経費を支弁するために国民から無償で強制的に徴収する財貨であることにかんがみ、その一般的負担者である国民の承諾を必要とし、為政者の恣意を排除しようとする点にあり、課税要件は、国会の議決した法律に基づくものであっても、憲法の定める平等原則等に基礎を置く合理的なものでなければならない。そして、特定産業振興等の財政政策目的のため、課税要件についてある程度裁量を認めざるを得ない場合においても、その立法目的及び手段、さらに両者の合理的関連性を支える立法事実が立法当時のみならず当該法律適用時においても存在し、当該課税要件に合理性が認められる場合に限り、その合憲性が認められるものであって、このような合理性のない課税要件は、平等原則を規定した憲法一四条一項に反するのみならず、個人の財産権を保障した憲法二九条一項にも違反する違憲無効なものである。

(二) 本件特例の立法趣旨は、前記争いのない事実等3記載のとおりであり、その制定施行当時においては、立法目的・手段、両者の合理的関連性が肯定されるものであったが、これは短期間における急激かつ異常な地価の高騰という事態を前提とする緊急かつ例外的な一時的措置であり、その適用も立法目的の達成に必要な最小限度の範囲で限定的に行われるべきである。

その後地価の高騰は終焉し、不動産の実勢価格は平成二年をピークとして急激に下落に転じたのに対し、路線価は平成四年まで引き上げられ続けたため、実勢価格が公示価格を下回り、相続財産たる不動産の実勢価格が取得時に比べ相続開始時において下落している事例も多い。このような場合にも本件特例を機械的に適用するならば、不動産の相続に関する限り、他の同程度の資産価値を有する財産を相続したときと比較して税負担が過大となり、税負担の不公平が拡大することになりかねない上、相続によって取得した不動産の価値異常のものを相続税として負担しなければならないという不合理な事態すら起こり得る。さらに、相続開始前三年以内に不動産を取得した者と三年以前に取得した者の間で、著しい税負担の不公平が生じることになる。

本件特例は地価の上昇を前提としたものであって、平成三年以降の全国的な地価の下落傾向の下では、本件特例の存在する前提を欠くばかりか、右のような著しい不公平が生じ、このような不公平を是認すべき合理的理由は何ら存在しないのであるから、平成三年に至り、本件特例は違憲無効となったというべきである。その後制定された経過措置は、本件特例の適用そのものを廃止するものではなく、単なる税額調整にとどまるものであって、本件特例の矛盾を解消するものではない。

(三) 本件においては、相続(平成三年一月一三日)時の本件マンションの時価は一億五四八三万八八〇〇円であるところ、これを一般原則どおり評価基本通達によって評価すると、本件宅地の評価額は九〇七六万八五四〇円であるから、本件建物のそれと合計して一億二一七八万六一四〇円であって、本件特例の立法目的とされた実勢価格と相続税評価額との乖離という事態は生じていないこと、本件マンションを購入した故吉井久里榮及び原告昌子には土地の急騰を利用して相続税軽減を図ろうとする目的はなかったことなどの事情が存するところ、かかる場合にまで相続税負担回避の防止を目的とする本件特例を適用し、本件マンションを三億〇七八八万一〇四五円と評価することは極めて酷である。したがって、本件に関する限り、本件特例の適用は違憲無効として排除されるべきである。

2  被告の主張

(一) 憲法一四条の定める平等原則は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら平等原則に反するものではない。特に租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、相続税の課税要件についても、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の様態、課税標準や税率等の課税要件が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項、二九条一項、二項の規定に違反するものということはできないと解すべきである。

(二) 本件特例の立法の経緯は、争いのない事実等3記載のとおりであり、正当かつ合理的なものである上、その後の地価下落に伴い、経過措置が講じられ、平成三年一月一日以降の相続については本件特例を機械的に適用する取扱いはされなくなっており、現に原告昌子に対しても、経過措置の規定を適用して、平成九年一月一六日付で減額再更正処分を行っている。このように、本件特例及び経過措置は、社会情勢を踏まえて制定された正当かつ合理的なものである。また、これらの規定は、そもそも特定の政策目的のために特定の者に対して例外的に租税を重課しあるいは軽減することを目的として制定されたものであるから、その適用がない場合と比較して租税の負担に差異が生じるのは当然のことであり、その場合の課税標準等は、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはないのであるから、本件特例等の立法目的が正当であり、その内容が合理的である以上、本件特例を適用される者とされない者に相続税の負担の差異が生じるのはやむを得ない。したがって、本件特例及び経過措置を適用した場合の相続税額は、憲法一四条一項、二九条一項、二項に違反するものではない。

(三) 本件マンションにおいても、バブル経済崩壊の影響を受けて地価が下落し、実勢価格と相続税評価額との開差が縮まったことは想定されるところであるが、このような乖離の縮小から生じ得る課税の不公平を救済するべく経過措置が設けられ、その適用により原告昌子については納付すべき相続税額が減額されているのであるから、このような経過措置の趣旨をも踏まえるならば、原告らの主張するように実勢価格と相続税評価額が近似していたとしても、原告らとの関係において本件特例の適用違憲という問題は生じない。

なお、原告らの主張する本件マンションの評価基本通達に基づく評価額のうち本件宅地の評価額については、敷地の奥行価格逓減率(同通達一五)の地区の適用に誤りがあり、九三五七万五八七八円が正しく、本件マンションの評価額は、本件建物のそれと合計して一億二一七八万六一四〇円が正しい。

(四) 本件相続に係る原告らの納付すべき相続税額を、本件マンションについて本件特例及び経過措置を適用するほか法令に基づき計算すると、原告英一郎については六二七八万四〇〇〇円、原告昌子については四七九万一二〇〇円となる。

そして、原告英一郎に対する本件再更正処分の相続税額は右六二七八万〇四〇〇円の範囲内にあり、原告昌子に対する平成九年一月一六日付再更正処分の相続税額は右四七九万一二〇〇円と同額であるから、いずれも適法である。

第三争点に対する判断

一  憲法一四条一項は、国民に対して絶対的な平等を保障したものではなく、合理的理由のない差別をすることを禁止したものであって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない。これを租税の分野で見ると、今日における租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるにつき、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうとすれば、相続税の課税要件についても、その立法目的が正当なものであり、当該立法において具体的に採用された区別の態様、すなわち課税標準や税率等の課税要件が、右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することはできず、これを憲法一四条一項、二九条一項、二項の規定に違反するものということはできないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)。

二  以上を前提に、本件特例及び経過措置について検討する。

1  本件特例及び経過措置の立法の経緯は前記争いのない事実等3記載のとおりであり、本件特例は、地価の急激な高騰による租税負担回避行為を阻止することを目的として昭和六三年に新設されたものであったが、その後地価の急騰は終息したばかりか、一転して下落に転じることとなり、実勢価格と路線価による評価額との開差は縮まったため、右租税負担回避行為も減少し、本件特例の適用件数も年々減少したことから、平成八年度の税制改正において将来に向かって廃止されたものである。また、経過措置は、右のような地価の下落により一部地域では実勢価格が路線価等による評価額を下回る状況が生じており、このような状況下において、平成三年一月一日以降に開始した相続に本件特例をそのまま適用して取得価額をもって課税価格とするならば、相続開始時の資産価値を基準とする限り、不動産の相続については他の資産により同額を資産価値の財産を相続した場合と比べて税負担が過大となり、本件特例の立法目的とは逆の意味での不公平が生じる事態も出てきたため、このような税負担が過大ともみえる事態を救済し、課税の実質的公平を図ることを目的として、本件特例の廃止に伴い、相続税額の上限を画して本件特例の適用による課税を制限するものとして設置されたものと認められる。

そして、平成二年以降、株価の下落を契機としてバブル経済が崩壊し、特に都市部において地価が急落したことは公知の事実であって、このような当時の社会経済情勢に照らしながら右立法の経緯を見ると、本件特例及び経過措置はいずれも時機にかなったもので、その目的も正当であるということができる。

各立法において具体的に採用された課税要件についても、本件特例では、相続税の課税価格に算入すべき価額を取得価額としているが、取得価額はその財産の実際の売買価額であり、その立法当時において、取得価額が実際の財産価値を大きく上回ることはあり得ないと考えられた上、被相続人の居住の用に供されていた土地建物等については本件特例の対象外とするなどの例外措置も規定されており、前記租税負担回避行為を防止するという目的に照らして合理性を欠くとは認められない。

また、原告らは、平成三年に至り本件特例は違憲無効となったと主張するが、地価が下落に転じた平成三年一月一日以降本件特例の適用が排除される前日である平成七年一二月三一日までの間の相続については、経過措置により、本件特例の対象となる土地等の相続税額(各種税額控除前のもの)は、その取得価額を相続開始時の時価に置き換えて再試算した金額に一〇〇分の七〇の割合を乗じた額と、経過措置を適用する前の額のいずれか少ない額とされている。右経過措置は、バブル経済崩壊後の地価下落という情勢に対応し、税負担の不公平を是正するために、本件特例が適用されることにより結果的に相続開始時の時価に対する相続税額が上昇する場合について相続税の最高税率の水準を超えないように設置されたものであって、その立法目的にかんがみ合理性が認められ、地価下落という情勢下で本件特例が適切に機能しなくなった場合の対処として、いかなる措置を設けるかについては、社会経済情勢のほか課税運用等の事情をも踏まえて総合的に判断すべきであり、前記のとおり原則として立法府の裁量を尊重すべきであるから、右経過措置に一定の合理性が認められる以上、右経過措置と併せて適用されることになる本件特例についても、合理性を欠くに至ったということはできないと解される。

なお、原告らは、本件特例によれば、不動産を取得したのが相続開始前三年以内か以前かによって著しい税負担の不公平が生じるとも主張するが、課税要件として基準となる時を定めざるを得ない以上、その要件に該当し本件特例が適用されるか否かによって相続税の負担に差異が生じるのは当然であり、本件特例に定める課税要件が合理的であるならば、右のような差異が生じることを理由にこれを不平等なものであるということはできない。

以上によれば、本件特例及び経過措置は、いずれも立法目的は正当であり、当該立法において具体的に採用された課税要件が右目的との関連で著しく不合理であるともいえないから、憲法一四条一項、二九条一項、二項の規定に違反するということはできない。

2  さらに、原告らは、本件マンションについて実勢価格と相続税評価額との乖離は生じていないこと、原告らには相続税軽減の意図はなかったことなどを指摘して、本件相続に本件特例を適用することは違憲無効であると主張する。しかしながら、そもそも税務行政においては法律等の規定に従い厳格に賦課・徴収すべきものとされ、課税要件は客観的かつ明確に解釈されなければならないから、主観的事情その他の個別事情に基づき本件特例を適用しないとすることは、右特例を適用して算出された相続税額が著しく合理性を欠くなど特段の事情が認められない限り、原則として許されるべきではない。そして、本件相続については、原告昌子に対し経過措置が適用されて相続税額は軽減されており、本件相続において原告らの取得した遺産に比して負担すべき相続税額が著しく高額であるなどの事情も認められないから、本件特例の適用が違憲無効であると解することはできない。

3  以上によれば、本件特例及び経過措置は、それ自体違憲無効であると認められないし、これを本件相続に適用することが憲法の各条項に違反するということもできない。

三  本件相続に係る原告らの納付すべき相続税額を、本件マンションに本件特例及び経過措置を適用して算出すると、別表2(課税価格及び相続税の総額の計算明細表)記載のとおり、原告英一郎については六二七八万〇四〇〇円、原告昌子については四七九万一二〇〇円となる。なお、本件マンションの評価基本通達に基づく評価額については、平成三年分路線価設定地域図(甲九)に照らし、被告主張の金額が正確であると認めることができる。

したがって、原告英一郎の納付すべき相続税額を六二〇七万八六〇〇円とした本件再更正処分及び原告昌子の納付すべき相続税額を四七九万一二〇〇円とした平成九年一月一六日付再更正処分は、いずれも適法であると認められる。

四  原告英一郎に対する本件再更生処分のうち、同原告の申告額(納付すべき税額三八五二万円)を超えない部分については、同原告が本件においてこれを争っていないことが明らかであるから、当該超えない部分についての更正処分の取消しを求める訴えはその利益を欠くものである。また、原告昌子に対する本件更正処分は、平成五年一二月二七日付異議決定及び同九年一月一六日付再更正処分により納付すべき税額四七九万一二〇〇円を超える部分が取り消されているから、右取り消された部分の取消しを求める訴えは、その利益を欠くものである。

五  以上の次第で、原告らの本訴請求のうち、主文一、二のとおり訴えの利益を欠く部分を却下し、その余の部分についてはいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成一一年六月一四日)

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 川谷道郎 裁判官 松山遙)

物件目録

一  所在 大阪市城東区中央一丁目六番五

建物の番号 コスモ城東中央

構造 鉄筋コンクリート造ルーフィング葺八階建

床面積 一階 二二七・五三平方メートル

二階 二四二・七四平方メートル

三階 二四二・七四平方メートル

四階 二四二・七四平方メートル

五階 二四二・七四平方メートル

六階 二四二・七四平方メートル

七階 二四二・七四平方メートル

八階 二四二・七四平方メートル

(敷地権の目的たる土地の表示)

土地の符号 1

所在及び地番 大阪市城東区中央一丁目六番五

地目 宅地

地積 六五一・一九平方メートル

二1 家屋番号 中央一丁目六番五の一〇三

建物の番号 一〇三

種類 居宅

床面積 一階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示)

土地の符号 1

敷地権の範 所有権

敷地権の割合 一七六七六七分の五五八五

所有者 東京都中央区銀座七丁目三番五号

株式会社リクルートコスモス

2 家屋番号 中央一丁目六番五の二〇三

建物の番号 二〇三

種類 居宅

床面積 二階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示) 1と同じ

3 家屋番号 中央一丁目六番五の三〇三

建物の番号 三〇三

種類 居宅

床面積 三階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示) 1と同じ

4 家屋番号 中央一丁目六番五の四〇三

建物の番号 四〇三

種類 居宅

床面積 三階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示) 1と同じ

5 家屋番号 中央一丁目六番五の五〇三

建物の番号 五〇三

種類 居宅

床面積 三階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示) 1と同じ

6 家屋番号 中央一丁目六番五の六〇三

建物の番号 六〇三

種類 居宅

床面積 三階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示)1と同じ

7 家屋番号 中央一丁目六番五の七〇三

建物の番号 七〇三

種類 居宅

床面積 三階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示) 1と同じ

8 家屋番号 中央一丁目六番五の八〇三

建物の番号 八〇三

種類 居宅

床面積 三階部分 五四・八五平方メートル

(敷地権の表示) 1と同じ

別表(相続人関係図)

<省略>

別表1

課税の経緯

<省略>

別表2

課税価格及び相続税の総額の計算明細表

<省略>

別表3

課税価格に算入する取得価額の計算

<省略>

別表4

各人の相続税額の計算明細表

<省略>

別表5

経過措置による税額等の計算書

<省略>

別表1

本件敷地権の相続開始時の価額(相続税評価額)

<省略>

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